レヴュー

音楽の友 (2012年 11月号)

パリを拠点に活躍するピアニ ス ト菅野潤の「ドビュシー ・プロジェクト」 第2 夜は、「室内楽 コンサ ート〜ソロ 、 デュオ、トリオで聴くドビュッシー」として開催さ れた。「スケッチ帳 から」での 菅野はタ ッチとペダリングを特に工夫し、 この 作曲家独特 の音色の濃 淡 や、漂流する響 きの 妙味を表した。 ダニエル・グロギュラン( vc)と組 んだ「 チェロ・ソナタ」では、渋い表現が際立ち、その節回しには深い味わいがある。「ヴァイ オリン・ソナタ」については出演者の都合により、 ヴァイ オリニストに は小林美恵に代わったが、彼女のシャー プな語り口と、菅野の柔らかな響きは、音楽的な揺れを伴いながら、見事に調和している。菅野、グロギュランとピエール・アモイヤル(vn)による「ピアノ三重奏曲」は、洗練された美しい流れで弾き進められた。明るく爽やかな曲想が丁寧に描き出され、ヴェテラン3人の円熟味がにじみ出ていた。

(9月20日・浜離宮朝日ホール) 原 明美

音楽の友 (2012年7月号)

生誕150周年の ドビュッシーイヤ ーに合わせ、 パリを拠点に近現代 フランス 音楽で個性を発揮し ている リサ イタルは、 前奏曲全 24 曲 というプ ログラムだった。 第 1 集、 第 2 集と聴くうちにドビュッ シーの 音楽がつ くりあげる多彩な側面がく っきりと浮か び上がってい くのが面白かった。 前半では〈野を渡る風〉の音の粒が空間をよぎる小気味よさ、そして〈沈める寺〉の神秘的なこだまのような響きなどが巧みに表現された。後半は最後の〈花火〉まで、緊張感が途切れない見事な集中力、軽やかな〈水の精〉はもちろんのこと、 ユーモアを感じさせる〈ピックウィク卿を讃えて〉などを通じて、 改めてドビュッシー の魅力を堪能させてくれるピアノだった。 アンコールは〈月の光〉。 なお9月にもソロに加えてアモイヤル、 グロギャランを迎えて室内楽も交えたコンサー トが予定されており、そちらも楽しみである。

(5月17日・東京文化会館(小))伊藤制子

ショパン(2012年6月号)メシアン: 幼子イエズスに注ぐ20のまなざし

菅野 潤は、桐朋学園大学とパリ国立高等音楽 院に学び、長い間ヨーロッパで演奏活動を行な い、教鞭もとっている。現在もパリを拠点とし ている。このアルバムでは、20世紀フランス を代表する作曲家、メシアンの長大な作品《幼 子イエズスに注ぐ20のまなざし》を収録。菅野は、メシアン夫妻に招かれてパリに渡り、イ ヴォンヌ夫人らに学び、日本でのリサイタルで もメシアンを積極的に取りあげている。さまざ まな“まなざし”を通して描かれたこの作品を、 菅野は極めて多様に表現してゆく。このような 複雑な曲を描き分ける彼の明断な音楽表出はみ ごと。瞑想的な神秘性も示され、時に心を洗われるような気持ちになれるメシアンである。

道下京子

ぶらあぼ(2012年6月号)メシアン:幼子イエズスに注ぐ20のまなざし

フランスものを得意とする菅野潤が、多様なタッチを駆使して奏でるメシアン。 パリに暮らして30年以上になる菅野は、パリ国立音楽院留学当時、メシアン夫人のイヴオンヌ・ロリオのも とで学んだ。この録音にはメシアン自身から直 接受けた指示も生かされているという。 2枚組 で収録された 2時間超の演奏で、天上に 響 く鐘のような音 、心のざわめきをなだめる静かな音、 闇 を切り裂く稲妻のような音と、めくるめく世界 が展開する。ダイナミックで、 繊細。敬虔な力ト リックの実践者であったメシアンの崇高な精神 世界を、心に 寄 り添う生きた音楽で 再 現した功績 は大きい。心を打つ演奏だ。

高坂はる香

音楽現代(2012年6月号)メシアン:幼子イエズスに注ぐ20のまなざし

推薦:菅野は イヴォンヌ ・ ロリオに学びメシア ンにも薫陶を受けた、パリを拠点にして活躍中のピ アニスト。冒頭の「父のまなざし」を聴 くと、な んて柔ら かいメシアンか、と思う。 ドビュッシー的な 響きの世界、 というべきか。メシアンの色彩感豊 かな響きをたい へん丁寧に描 いており、この作曲家の静謐な神秘性の側面を良く伝える演奏だ。激しい曲、 速い曲でも 、テク ニックは確か で、 音楽は余裕を持ってコ ン トロールされ、なによりもまず客観性を保ち、 しかも香 気を持って いる。ゆ ったりとした時間のなかで聴いていたい C D だ 。 厳しい響きの表出も適格だが、 菅野の持ち味はやはり、この 曲集で は、愛に満ちた詩 的な抒情性にこそある だろう 。

倉林 靖

Chopin (2011年 2月号)

次元の高い音楽を聴か せて   菅野潤ピ アノリサ イタ ル

彼は桐朋学園大学卒業後、 フランス 政府給費留学生とし てパリ国立高等音楽院に入 学、 ピアノ 科と室内楽科を 卒業。その後エコール・ ノルマル音楽院にも在籍し、 演奏家資格を得る。 数多くの国際コンクールにも上位入賞。 パリを拠点とし演奏活動を行っている。  冒頭のモーツァルト、 幻想曲ハ短調K396は弾かれる機会の少ない曲だが、 ふたつの主題のバランスも良く、 繊細なタッチと高いテクニックが輝き、 透明感のある音色もめっぽう美しい。 展開部の付点音符の流れも実に流暢であった。シューマンの幻想曲ハ長調作品17の1楽章は、音のひと粒ひと粒が実に美しく、大きな盛り上がりを見せ、流れが少しも途切れず実に音楽的。2楽章からは精神性を伴ったシューマン音楽が伝わり、3楽章は雰囲気を大きく変え、安らいだ感情を充分に伝える。通して内容の濃い、聴きごたえ充分な演奏であった。

後半はショパンの前奏曲作品28、全24曲を弾く。この前奏曲は、1曲ごとの趣旨性格が丁寧に表現された音楽の流れに大きな価値がある。作品の本質的な構想も浮き彫りにされ、ショパンの旋律が節度をもって表現されており、そこに奏者の考えが伝わる。集中力のまったく途切れることなく24曲が肌理細やかに弾かれていく中に、この作品の意味と価値がある。前に述べたが、実に音楽的なタッチを持つ演奏は聴く者に大きな感銘を与え、そして、次元の高い音楽を聴かせたのである。みごとな前奏曲であった。( 11月24日 東京文化会館(小))家永 勝

CHOPIN  (2008年8月号)

ピアニストから見るメシアン作品の魅力

     

     いつのまにか自然に没入して・・・     菅野 潤

  1908年に生まれ、1992年に世を去ったオリヴィエ・メシアンは、まさに20世紀を生き抜いた、前世紀を代表する音楽家のひとりと申せましょう。

  10歳の誕生日にドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」の楽譜を先生から贈られたメシアンの、「前奏曲集」などとりわけ初期の作品に、ドビュッシーの影響が見られることは明らかです。しかし彼は、遠くギリシアに遡る西洋音楽の伝統に根ざしつつ、インドのリズムの研究など東洋にも目を向け、また鳥の声、自然界の音をその音楽に取り入れて独自の世界を切り開いていきました。

  メシアンはオルガニストであると共にピアニストであり、楽器としてピアノを大変好んでいました。このことは作品を演奏していると強く感じられます。それまで使われることの少なかった最高音域と最低音域の使用、稲妻のようなパッセージ、連続する和音など新しい書法をピアノにもたらしたメシアンは、現代ピアノ音楽の創始者と考えて間違いないと思います。

  メシアンの音楽の豊穣な色彩は、多様で、正確さを要求されるアタック(タッチ)と、精緻なリズムに支えられています。そのふとした手の使い方で変化する彩りを鍵盤の上で作ってゆくのは、おそらく画家が絵の具をパレットと混ぜ合わせて求める色を作り出すのにも通じるであろう喜びです。

  また、鳥の声、波の音、風のとどろきなどをピアノで弾いていると、いつの間にか自然に没入して、自らを忘れる思いがします。

  さらに一貫して脈打つ詩情、おそらくは詩人であった母から受け継いだのであろう烈しい詩情に打たれます。

  『幼子イエズスに注ぐ20のまなざし』を弾き進んでゆくと、壮麗な大聖堂の建立に自ら携わっているかのような幻想にとらわれます。薔薇窓を耀かせる天上の光に包まれながら。