CHOPIN  (2008年8月号)

ピアニストから見るメシアン作品の魅力

     

     いつのまにか自然に没入して・・・     菅野 潤

  1908年に生まれ、1992年に世を去ったオリヴィエ・メシアンは、まさに20世紀を生き抜いた、前世紀を代表する音楽家のひとりと申せましょう。

  10歳の誕生日にドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」の楽譜を先生から贈られたメシアンの、「前奏曲集」などとりわけ初期の作品に、ドビュッシーの影響が見られることは明らかです。しかし彼は、遠くギリシアに遡る西洋音楽の伝統に根ざしつつ、インドのリズムの研究など東洋にも目を向け、また鳥の声、自然界の音をその音楽に取り入れて独自の世界を切り開いていきました。

  メシアンはオルガニストであると共にピアニストであり、楽器としてピアノを大変好んでいました。このことは作品を演奏していると強く感じられます。それまで使われることの少なかった最高音域と最低音域の使用、稲妻のようなパッセージ、連続する和音など新しい書法をピアノにもたらしたメシアンは、現代ピアノ音楽の創始者と考えて間違いないと思います。

  メシアンの音楽の豊穣な色彩は、多様で、正確さを要求されるアタック(タッチ)と、精緻なリズムに支えられています。そのふとした手の使い方で変化する彩りを鍵盤の上で作ってゆくのは、おそらく画家が絵の具をパレットと混ぜ合わせて求める色を作り出すのにも通じるであろう喜びです。

  また、鳥の声、波の音、風のとどろきなどをピアノで弾いていると、いつの間にか自然に没入して、自らを忘れる思いがします。

  さらに一貫して脈打つ詩情、おそらくは詩人であった母から受け継いだのであろう烈しい詩情に打たれます。

  『幼子イエズスに注ぐ20のまなざし』を弾き進んでゆくと、壮麗な大聖堂の建立に自ら携わっているかのような幻想にとらわれます。薔薇窓を耀かせる天上の光に包まれながら。